1989年の設立後、セレクトショップ「UNITED ARROWS」を筆頭に、高感度・高付加価値なライフスタイルを人々に提案し続けてきた株式会社ユナイテッドアローズ(通称「UA」)。
同社は2023年5月に「長期ビジョン2032・中期経営計画2023-2025」を発表。「美しい会社 ユナイテッドアローズ」を長期ビジョンに掲げ、その主要戦略「UA DIGITAL戦略」の柱のひとつには「OMOの推進(※)」を位置付けました。
※Online Merges with Offline。実店舗とデジタルを融合させることでの顧客体験向上を目指す取り組み
この戦略の一環として、2023年12月より公式アプリのリニューアルプロジェクトが始動。2024年6月、10月、そして2025年1月と、三段階に分けたリリースを実施しました。
ゆめみは本プロジェクトにおいて、新しいアプリのコンセプトをUX/UIへ具現化する過程から、UIデザインの制作、第三者レビューによるユーザビリティ評価等のデザイン全般をご支援。リニューアル後のアプリでは、ユーザーにとって直観的でわかりやすい操作性と、細部にわたってブランドの世界観が表現されたデザインを実現しました。
今回は同社のOMO推進においても核となる本プロジェクトの裏側を、座談会形式でふりかえります。
株式会社ユナイテッドアローズ
OMO本部 デジタルマーケティング部 エグゼクティブマネジャー 佐々木 慎朗様
ITソリューション本部 EC開発部 富安 雄人様
OMO本部 デジタルマーケティング部 若月 美里様
株式会社ゆめみ
プロジェクトマネージャー 岩野 真理子
ディレクター兼リードUIデザイナー 武田 直子
プロダクトデザイナー 小林 明花
左からゆめみ 岩野、小林、武田、ユナイテッドアローズ 佐々木様、富安様、若月様
ーー本日はどうぞよろしくお願いいたします。まずは今回のリニューアルプロジェクトについてですが、背景にあるOMO推進の戦略を踏まえ、どのような狙いがあったのでしょうか。
佐々木様:今回のプロジェクトでは、3つの大きなテーマを掲げていました。
まず1つ目は、アプリのスピード(動作速度)の改善です。OMOを推進する上で、ストレスのないシームレスな体験は不可欠でしたが、従来は商品一覧や詳細ページの表示が重く、離脱にもつながっていました。そこで、アプリが「ぬるさく(※)」で動く、つまり快適に操作できる状態を作ることが求められました。
※ぬるぬる、さくさくと動くことの表現
2つ目は、新しいUX/UIの実現です。従来のアプリは、ショッピングアプリとしてお買い物のしやすさが優先された作りになっていたのですが、今回はブランドの世界観を意識したデザインを目指しました。ここはチーフクリエイティブオフィサーと共に、試行錯誤しながら進めていきました。
そして3つ目が、OMOの実現です。お客様一人ひとりの行動データをアプリにどう活かし、どのような感動提供ができるのかが大きなチャレンジでした。また、「店舗でも使えるアプリ」として、まだ他社が形にできていないことを実現したいという狙いもありました。
個人的にも今回は、「自分の人生の中でも忘れられないアプリにしてやろう」という気持ちで取り組みましたね。
ーーありがとうございます。今回、これだけチャレンジングなプロジェクトに、パートナーとしてゆめみを選んでいただいた背景、期待感はどのようなものがありましたか。
佐々木様:やはり、ネイティブアプリの知見を持ったプロと一緒に取り組みたいという思いがありました。ゆめみさんのこれまでのご経験や、開発の裏側までしっかり知っているという点には大きな期待を持っていましたね。
また、当初からこちらの要望を真摯に聞いていただいたことで信頼感もありました。今回はEC本体との兼ね合いもあり、開発のすべてをお願いすることはできなかったのですが、UX/UIの部分だけでも一緒にやりたいということでご依頼させていただきました。
ーー続いて、具体的な取り組み内容についてお話していきたいと思いますが、UX/UI面から今回特に実現されたかったことを教えてください。
富安様:前提として、アパレル企業はどこも「リアル店舗におけるDX」には課題を抱えていると思います。なぜなら、今の技術ではリアル店舗での体験を100%アプリやWeb上で実現することができないからです。
ですが、今回はそこをとことん近づけたいという狙いがあり、ユーザーを大きく「受動」と「能動」に分ける考え方をしました。
富安様:「受動」は、目当てのものはないけれどなんとなく店舗に入ってウィンドウショッピングを楽しんでいるような人。「能動」は、最初から目的の商品があって来店する人、というイメージです。
実はリニューアル前のアプリは、さまざまなユーザーに対応することを考え、たくさんの情報をフラットに見せていました。それ故に、ひとつの画面に複数の動線があったり、様々なアイコンが並んでいたりで、どこに行けばいいのか迷ってしまう。その課題を解決したいと考えていました。
ーー「受動」「能動」という考え方を、実際にはどのようにアプリのUIに落とし込んでいったのでしょうか。
武田:最初はゆめみ側でUA様の考え方をインプットしていきながら、ユーザー行動ごとに「受動」「能動」を切り分け、画面の中でいかに適切な位置に配置していくかを考えていきました。
UX検討フェーズにおいてゆめみが作成した資料
富安様:両者ではっきりと分かれる行動のひとつが「検索」です。「能動」は目当てのものをすぐに検索するけれど、「受動」はとりあえず検索をスルーして画面をスクロールする…といった形ですね。このように仮定をしながら、一つひとつ進めていきました。
ーーほかに、UX/UI面で今回実現されたかったポイントはありますか。
若月様:私としては、「さすがUAさん、かっこいいね」と評価されるようなアプリを作りたいという気持ちはありました。その上で、ユーザーの買いやすさが増すことで売上も上がっていくような循環も期待していました。
富安様:そうですね。ユーザーがずっと「受動」のままでお買い物をしないのであれば、それはもう雑誌やオウンドメディアで良いよね、という話になってしまうので。
あくまでもお買い物の場所として、スムーズに「受動」から「能動」、購入へと繋げるにはどうすれば良いか、ゆめみさんからもたくさんのご意見をいただきながら進めていきました。
武田:例えば、今回はメインメニューを「ホーム」「検索」「マイページ」という、お買い物アプリにしてはかなり思い切った3つに減らしています。これは大きな舵取りでしたが、結果的にはさまざまな需要に応えられる設計が実現できたと思います。
新しいホーム画面はメニューのシンプルさが特徴
富安様:リニューアル前のアプリは、「受動」も「能動」も関係なくたくさんの動線を用意することが親切だろう、という思想で設計されていましたが、今回は敢えて削ぎ落としました。
何本もあった道を敢えて一本道にしてあげることで、逆に迷わずアクセスができる。メニューを削るのはなかなか勇気が必要でしたが、ユーザーの長期的なUXを考えた時にその方が混乱が少ないだろうと考えてこのデザインになりました。
ーー冒頭で佐々木様からもあった通り、今回は「ブランド」を意識したUX/UIの実現という狙いもあったとのことですがその点はいかがでしょうか。
富安様:今回、UAとしては非常に大きなチャレンジとなったのが、チーフクリエイティブオフィサー(以下、CCO)のリソースを大きく確保した点です。
CCOは社内のクリエイティブを統括しており非常に多忙な中、今回は常にミーティングに参加してもらうことでその思いを100%反映できる体制を作りました。
結果的に、UAにとっての「美しさ」が如実に反映されていて、デザインの強みになったと感じています。
岩野:今回特にこだわったホーム画面でも、CCOの「店舗での体験のように、まず商品をパッと見て『素敵だな』という感覚を持ってもらった上で、詳細を見るという流れを作りたい」という思いが反映されています。
最初に商品写真が大きく表示されていて、ブランドの情報などは控えめで価格も記載されていない。理想の体験にこだわったポイントになりました。
商品のビジュアルを大きく目立たせたデザイン
武田:ネイティブアプリの開発やデザインには、独自の常識があります。例えばピクセル単位でテキストのベースラインが揃わなくても、無理して揃えることで機種によってはレイアウトが崩れてしまうので、敢えて突っ込まない、といったことです。
ですが今回は、UA様のデザインチームに監修いただき、ピクセル単位でベースラインを揃えるような部分までこだわりました。その積み重ねによって「きれいだな」というユーザーさんの感覚が生まれているのではないかなと思います。
小林:いちデザイナーとしても、デザイン統括の方々とたくさんコミュニケーションを取らせていただきました。「細かい点はUIの専門家であるゆめみさんにお任せします」とおっしゃるクライアント様もいらっしゃいますが、今回はかなり細部に至るまでコミュニケーションを取らせていただいたことが記憶に残っています。
ーー今回は開発会社さんが別でいらっしゃったと思いますが、そのように作り込んだ世界を実装することの難しさもあったのではないでしょうか。
佐々木様:そうですね。ですので、「なぜこうしたのか」という説明をエンジニアさんにきちんとできるようにしていました。デザイナーの皆さんにも「なぜこのデザインなんですか?」という質問を何度もしたので、大変だったのかなと思います。
岩野:実際に開発のテストフェーズに入っても、デザイナーが実装との差異を細かく見て指摘するような形でした。ここまでテストで細かく見る案件は、個人的にも初めてだったかもしれません。
ーーこれだけのこだわりを実現するには、チームとしての苦労もあったのではないでしょうか。
佐々木様:ありましたね。例えばクリエイティブとして「これで決定」となっても、実際に形にするとなると考えなければいけないことが山ほどありますし、スケジュールもなかなかタイトでした。
岩野:そんな中でも、直接UA様の実現したい世界観の共有をいただく機会を設けていただいたことで、チームの雰囲気が良くなったかなと思います。やはり、対面することは大切ですね。
ーーチームづくりという点では、「ふりかえり会」を実施したこともひとつの転機だったと聞いています。
佐々木様:そうなんです。実は個人的な反省として、「発注側と受注側」の壁があったと感じていて。お互いに相手の領域に一歩踏み込めなかったので、その壁を取っ払いたいなと考えていました。
それをゆめみ取締役の染矢さんに相談したところ、「ふりかえりをしましょう。ゆめみにプロがいますので」と言っていただき、実際にコーチの方を呼んでもらって実施しました。
最初は、開発会社さんも含めて3社で実施しようとしたのですが、コーチの方から「まだ早いです」と指摘を受けまして。最初は自分たちだけでしっかりと反省したことで、前に進むことができました。
結果的にゆめみさん側からも、ストレートな意見をいただけるような関係性になれたので嬉しく思っています。実際にUAのデザイナーからも「全員が良いものを作ろうという気持ちで取り組んでおり、誰一人として適当にやっていない良いチームだ」という声をもらいました。
小林:デザイナーの方々も、私たちの業務にもとても興味を持ってくださっていました。デジタルデザインのツールは使い慣れてはいないと思うのですが、一緒に手を動かして作業してくださることもあったんです。
個人的には、私たちが作り手として「評価してもらう側の立場」という形ではなく、一緒に良いものを作っていくことができたのかなと感じています。
ーー今回の新しいアプリについて、現時点では社内外からの評価はいかがですか。
佐々木様:UX/UIが大きく変わったことに対しては、社内外から一定の評価をいただいています。ガラッと変わったことでさまざまなご意見もいただきますが、一つひとつ向き合って対応していきます。
若月様:リニューアルによって読み込みスピードが改善されたこともあり、ユーザーあたりの商品閲覧数が伸びています。また、ECとの売上比率でも、リニューアル後にアプリの比率が少しずつ高くなっていますね。
佐々木様:今回、リニューアルプロジェクトに集中するためにキャンペーンや広告といった新規ユーザー獲得施策は一定量に抑えていましたが、実はアクティブユーザーの数が大きく上がっています。これは、既存ユーザーの皆様が以前より商品を見てくださり、購入していただいた結果だと考えています。
プロジェクトメンバーの皆さんと、OMO本部 本部長の岩井 一紘さん(右端)
ーーゆめみとしては、今回のプロジェクトをふりかえってどうでしょうか。
武田:今回のUX/UIは、ゆめみからのご提案だけでは実現できなかったものだと思います。というのも、セオリーに従うとどうしても多くの人が使いやすいことを考えてしまうので、「かっこいいけど提案しづらい」ことがたくさんあるんです。
そこをUA様が大胆に「うちはこれが良いんです」と、はっきり意志を示してくださった。そんな会社の体制がすごく素敵だなと思いますし、みんなが「あんなアプリ作りたいな」と思うような存在になるのではと期待しています。
岩野:ゆめみが尖った提案をしても、クライアント様に「ちょっと攻めすぎです」と言われることが多いんですよね。ですが今回は逆に「いや、攻めすぎじゃないですか」とこちらが言うぐらい、理想像や世界観をはっきり持たれていました。ブレずに確固たるものを貫ける凄さ、というものをUA様とご一緒して感じました。
ーーお互いに思い出に残るプロジェクトになりましたね。最後にネクストチャレンジについてお聞かせいただけますでしょうか。
若月様:本プロジェクトがフェーズ的にひとくぎりとなる1月末のリリースでは、OMO推進のためのアプリの新機能が公開されました。
そのなかでも、お客様自身が来店中の店舗の在庫を確認できたり、スタッフのスタイリングを見れたりといった「店内モード」は、接客時の会話のきっかけが増えるという意味でもOMOの推進につながっていくことを期待しています。
店頭でのお買い物をより便利にする「店内モード」機能
富安様:「レコメンド」機能など、マーケティング的にいうと「パーソナライズ」された機能も公開されましたが、お客様一人ひとりをまずは理解するというUAの企業理念に沿った体験をアプリで実現させていくことが、今後は大きなチャレンジになると思います。
佐々木様:今後は、店舗でお客様一人ひとりの行動を見るように、アプリも数値分析をしっかりと行っていきます。数字だけを追うわけではありませんが、店舗ごとのダウンロード数などを見た上で、良い取り組みがあれば他の店舗にも情報をシェアしていくなど、わかりやすく伝えていきたいですね。
ただ、「デジタルマーケティングの担当者がなんか目標置いてったな」といった距離感ではありたくないので、しっかりとコミュニケーションをとってOMO推進につなげていければと思います。
ーー皆さま、本日はありがとうございました。(了)