私たちの生活に欠かせない日用品を中心に、長年にわたる研究に裏打ちされた商品開発を行ってきた花王株式会社。
同社は、2025年11月に「花王ライフケア研究所」という新たなブランドを立ち上げました。姿勢や身体のコンディションに着目し、研究成果を個人の体験へとつなげていくことを目指した新しい挑戦です。
そしてブランド内のプロダクトとして展開されたのが、15年以上続く歩行姿勢研究の成果をもとに、身体の「ゆがみ」を入口に個人が自分の状態を知るためのアプリ「my Symmetry(マイシンメトリー)」でした。
ゆめみはアプリの構想段階から、デザイン・開発パートナーとして参画。ユーザーインタビューを起点に、事業・研究・デザイン・開発のメンバーが職種の壁を越えて協働しました。
「my Symmetry」はリリースから短期間で10万ダウンロードを達成し、継続的に使い続けるロイヤルユーザーも生まれています。
本記事では、花王ご担当者様と、ゆめみ担当者による座談会形式で、本プロジェクトの歩みを振り返ります。


花王株式会社
ビジネスコネクティッド部門 ライフケア事業開発部
オープンイノベーション推進部 統合ライフケア事業グループ
惠口 奏(えぐち かなで)様
アクセンチュア株式会社 ゆめみ Digital Product Design Associate Manager / Art Director小川 段(おがわ だん)ゆめみ Digital Product Design Senior Analyst / Product Designer中沢 紀(なかざわ おさむ)

ーーまずは、惠口様の今回のプロジェクトにおけるお立場や、これまでのご経歴について聞かせてください。
惠口様:私は花王株式会社のライフケア事業開発部に所属しており、今回のプロジェクトでは、責任者としてアプリの立ち上げからローンチまでを一貫して担当しました。
もともとは2015年に研究職として入社し、商品開発に携わっていたのですが、5年ほど携わったのちに事業部へ異動したんです。「中身を作る」側から、「どうやって売るかを考える」側へ移ったかたちです。
その後、ライフケア領域の新規事業開発に関わるようになり、このプロジェクトに携わることになりました。
花王株式会社
惠口 奏 様
ーー今回のアプリ「my Symmetry」は「花王ライフケア研究所」というブランドの中のプロダクトとして位置づけられています。このブランドについて教えてください。
惠口様:「花王ライフケア研究所」は、コンディショニング・ライフケアブランドです。身体のコンディショニングを通じて、日常の質を高めていこうという世界観を掲げています。
「my Symmetry」は、このブランドの中でも歩行姿勢研究をコア技術としたアプリ、という位置づけです。2025年11月に、ブランドとアプリを同時にローンチしました。
ーー「my Symmetry」の背景にある「歩行姿勢研究」は、花王が15年以上続けてきたものだそうですね。
惠口様:研究の最初のきっかけは、赤ちゃん用おむつの開発でした。おむつを履いた赤ちゃんの歩き方で、おしっこが溜まって不快な状態ではないかを判断できないか、というところから始まっています。
そこから研究が発展し、大人の歩き方までが対象となって、結果的に2万人以上の歩行データが蓄積されました。その解析を通じて、身体の状態や加齢による歩き方の変化など、さまざまなことがわかってきたんです。
「my Symmetry」では、この研究をもとにアルゴリズムを組み、個人が自分の姿勢をスマートフォンで解析できるようにしています。
ーー具体的には、8歩あるくだけで身体の「ゆがみ」が測定できるんですね。
惠口様:そうです。好きな場所で、好きなタイミングで、どなたでもセルフで「ゆがみ」を測れる、ということが大きなポイントです
その結果に応じて、おすすめのエクササイズが提案されたり、その人の状態に合った花王のインソールをレコメンドしたり、という機能が入っています。
アプリ「my Symmetry」(サンプル画面)
惠口様:歩行姿勢研究って、本当に面白い技術なんです。ただ、「あなたの歩き方がわかりますよ」と言われても、多くの人は自分ごと化できずに「ふーん」で終わってしまうのではないかと思っていました。
では、どうすれば興味を持ってもらえるかを考えたときに、「ゆがみ」という表現はどうだろうと。
「ゆがみ」と聞くと、体のバランスや姿勢が気になる人もいれば、体の使い方にクセがある気がする人もいる。自分ごととして当てはめやすい言葉なので、受け取ってもらいやすいのではと考え、このアプリのキーワードになりました。
ーー今回のアプリ開発について、ゆめみとご一緒いただいた経緯をお聞かせください。
惠口様:歩行技術を個人に届ける方法としては、データの蓄積や、継続して使う体験を想定し、もともとネイティブアプリを考えていました。
しかし、長年の研究成果はあれど、それをどう事業にしてどうプロダクトに落とすかは、これから考えていくフェーズ。そのためには、「指示通り作る」ではなく「一緒に考えてくれる」パートナーが必要だなと思っていました。
ちょうどその頃、社内の別部署から「ゆめみさんと一緒にLINEミニアプリを作っている」という話を聞き、お話を聞かせてもらったんです。
ゆめみさんからは、「何を作るか一緒に考えましょう」という姿勢を最初から感じました。この人たちとなら一緒に走れるかもしれないな、と思いましたね。

ーーそういった背景があったのですね。ゆめみに対しては、具体的にどのような期待をお持ちでしたか。
惠口様:経験を活かして、我々をリードしてほしいと期待していました。こちらはアプリ開発に関しては素人なので、「こういうときは、まずここから考えたほうがいい」といった指針がほしかったのが正直な気持ちです。
最終的にゆめみさんにお願いした決め手としては、技術的な知見ももちろんですが、ご提案に「温かさ」を感じたことも大きかったです。こちらの状況や迷いも含めて受け止めてくれる感覚がありました。
花王とのお付き合いも長く、サーバー周りなど社内の事情をわかってくださっていた点も心強かったですね。
ーーゆめみは今回、ユーザーインタビューやコンセプトメイキングの段階から、UX/UIデザイン、アプリ開発まで一気通貫して伴走させていただきました。ゆめみ側のチーム体制について教えてください。
中沢:僕はサービスデザイナーとして、特に初期フェーズのユーザーインタビューやコンセプトメイキングを中心に関わらせていただきました。
アクセンチュア株式会社 / ゆめみ
中沢 紀
段:私は、UX/UIデザインフェーズ全体のディレクションと、UIデザインのリードを担当しました。デザインを作る、というよりも、「このアプリをどんな存在にするか」「どういう体験として届けるか」というところから一緒に考えていく立ち位置でした。
このプロジェクトでは、ゆめみは常時4〜5名のチームでしたね。特徴的だったのは、エンジニアも最初からチームに入っていたことです。
「デザインが固まってから開発に渡す」という形ではなくて、コンセプトを考える段階からエンジニアにも入ってもらいました。それによって、「そもそもどういうサービスなのか」を全員が共有した状態で進められたことが良かったですね。
ーー花王側から見て、ゆめみのチーム体制や関わり方はいかがでしたか。
惠口様:印象的だったのは、チームの中に「上下」をあまり感じなかったことです。それぞれが専門家としてフラットに意見を出していて、若いメンバーの意見もちゃんと受け止められている。あの雰囲気はすごく良かったなと思っています。
エンジニアの方が最初から入っていたのも大きかったです。「これって技術的にどうなんですか?」と聞くと、すぐに返ってくる。やり取りのスピードも早く、お互いの専門領域を尊重されている感覚がありました。
ーーゆめみ側から見ると、今回のプロジェクトはどうでしたか。
段:花王さんは本当に、とても一緒にやりやすかったです。「こういう方向で考えてみませんか」とご提案したものを、否定せずにまず受け止めていただけるのがありがたかったですね。
後半になればなるほど、研究職の方を含めてたくさんの方が打ち合わせに参加されていましたが、皆さんこちらの話をすごく聞いてくださって。質問ばかりしていたのですが、コミュニケーションの取りやすさが抜群でした。
アクセンチュア株式会社 / ゆめみ
小川 段
中沢:FigmaやNotionといった我々がいつも使っているツールも、ゆめみのやり方でそのまま使ってくださったんですよ。とくにFigmaのコメント機能や、ホワイトボード機能のFigJamをアクティブに活用したことで、スムーズにコミュニケーションができたと思います。
惠口様:最初はツールの操作も不慣れで、データを壊してしまわないか心配しましたが、「コメントだけで大丈夫ですよ」と権限を整理してもらい、安心して使えるようになりました。
使い方に慣れてきてからは、花王側でもデータをコピーしてユーザーテストに使ったり、社内向けの資料にまとめたり、かなり活用していました。
段:最終的にはFigmaのプロトタイプ機能も使いこなしてらっしゃいましたよね。「惠口さん編集用」というページも作って、たくさん使っていただきました。
ーーでは、実際のプロジェクトについて時系列でお聞きしていければと思います。最初は何から取り組まれたのですか。
惠口様:ニーズや潜在的な不安がどこにあるのかを引き出すところから始めよう、という話になり、ユーザーインタビューからスタートしました。
当初は、働く30代・40代くらいの方をターゲットとして想定していました。健康ではあっても、朝起きた時に何となくすっきりしない、身体のギアが上がりにくい層が多いのではないか、という仮説を持って臨みました。
中沢:加えて、エクササイズを継続している方をターゲットに設定していました。そういった方であれば、アプリでレコメンドされるインソールを使ってくれる可能性が高いだろうという想定もありました。
その前提でインタビューを進めていくと、共通して出てきたのが、エクササイズを続けてはいるが、自分に合っているのかわからないという不安でした。
「合っているのか確信はないけれど、やらないよりはマシだから続けている」という状態の方が、想像以上に多かったんです。
実際のインタビュー議事録
中沢:もうひとつ印象的だったのが、整体のようなコンディショニングサービスに通っている方の話です。「専門家から説明を受けると、自分の悩みと実際の身体の状態が結びついて納得感がある」という声が多かった。その体験価値が面白いなと思いました。
惠口様:インタビューを重ねたことで、「エクササイズを続けたい人が、何に不安を感じているのか」という問いに立ち返ることになりました。そして、結果的に見えてきた「続けているが、合っているかわからない」という不安をどう解消するか、というところにプロダクトの軸が移っていきました。
「朝起きても、身体のギアが上がりにくい」といった悩みをそのまま扱うよりも、「今の自分の状態がわかる」「ゆがみを可視化する」こと自体が価値になるのでは、という方向性に移っていったんですね。
ーーコンセプトが整理され、続いてはUIデザインのフェーズです。この段階では、どのように進めていったのでしょうか。
中沢:機能的な方向性を整理した上で、サービス人格や、アプリのトーンを固めていきました。このあたりから段さんもチームに参加しましたね。
段:そうですね。僕が入ったタイミングでは、「こういう機能がほしい」という基本的な要件はすでにありました。そこでまずは、チーム全体で共通認識を作るために、ムードボードから入ることにしました。
このアプリは、ユーザーにとってどんな存在でありたいのか。持っていて嬉しいものなのか、頼れる存在なのか。そのあたりを、ビジュアルも含めてすり合わせていきました。
ーー実際のムードボードは、どのような提案になったのでしょうか。
段:ゆめみ側の4名のデザイナーそれぞれが、方向性の違う案を提案しました。するとその中で選ばれたのが、「斬新さ」や「所有感」を感じられる、いわゆる「尖った」デザインのもので。
正直、花王さんのような大きな会社がこの方向性を選ばれたのは意外で、個人的にはかなりテンションが上がりました(笑)。
実際に作成した4パターンのムードボード
惠口様:実は今回は、あえて「花王らしくない」方向を意識していました。というのも、花王ってどうしても「丸く」なりやすいところがあると思っていて。
ただ、新しいブランドとして世の中に出していく以上、尖っていないと目立たないし、覚えてもらえない。新規事業だったこともあって、「今回は思い切ってやってみよう」という空気がありました。
ーー新しい挑戦だったのですね。UIデザインは、そのまま順調に進んでいったのですか。
段:実は、前半の期間で作っていたデザインと、最終的に完成したものはかなり違います。
最初は、「自分が歩いている姿をユーザーにどう見せるか」を軸に考えていました。自分の歩き方を客観的に見られることが、ゆがみの理解につながるのではないか、という仮説です。
個人的には、前半のデザインも気に入っていましたが、徐々に「これでは伝わりにくいかもしれない」という違和感が出てきました。
惠口様:「花王が届けたい価値を、少し押し付けすぎているかもしれない」という感覚もありました。そこで、一度ちゃんと集まって話す時間をとることにしました。1日だけでしたが、合宿のようでかなり濃い時間になりました。
その場で行ったのは、「このアプリで、何を一番大事にするのか」をもう一度決め直すこと。KPIをどう置くのか、どこを目指してプロダクトを作るのか、継続して使ってもらうために何が必要なのか、改めて整理していきました。
中沢:インタビューやプロトタイプテストの結果、そしてインソールのターゲットとの整合も踏まえて、チューニングをしていきましたね。
例えば、「もっとアプリを開く理由を作ろう」という話からは、ウィークリープログラム(※)の仕組みができました。
※身体のゆがみの状態にあわせて、週次でエクササイズを提案する機能
ウィークリープログラム機能(サンプル画面)
中沢:UIデザインも見直しをすることになりましたが、そこまでに形になっていたものを手放すのは、正直簡単ではありませんでした。ですが個人的には、この話し合いをきっかけにもう一度エンジンがかかったような感覚があって、このプロジェクトのハイライトだったなと思っています。
段:見直しのあとは、「これでいこう」という目線がチーム全体で揃った感覚がありました。そこからは、ずっと手を動かしていましたね(笑)。前を向いて一気に走り切った感じでした。

中沢:デジタルプロダクトの良さは、修正とテストを重ねながら、試行錯誤のサイクルをどんどん早めていけることだと考えています。
特に今回は、花王さんの中で何度もプロトタイプを作って、テストして、修正して、というサイクルを回していただきました。この合宿も含めて、一緒に「直して、確かめて」を繰り返せたことは、とても良かったですね。
ーープロジェクト全体を振り返ってみて、改めてどのような手応えがありましたか。
惠口様:まずは「ちゃんと形になったな」という安心感があります。長年の研究成果をアプリという形で世の中に出して、実際に使ってもらうところまで来られたのは大きいですね。
おかげさまで、ダウンロード数は想定より早く10万を超えました。ただ、数字が出たからOK、というほど単純ではなく、難しさも感じています。プロダクトとしての改善余地もまだまだあるので、まずは「ちゃんと使える」状態をしっかり作ることが最優先です。
ゆめみさんとは、単に「作った」ではなくて、「ここまで一緒に考えながら作り切った」という感覚が強く残っています。

ーーアプリユーザーの皆さまに、「ここは特に見てほしい」というポイントはありますか?
惠口様:エクササイズを続けてもらうために、モチベーションを上げる工夫が入っているところは見てほしいです。
段:続けてもらうための仕掛けとしては、ゲーミフィケーションの要素を取り入れています。具体的には、「ある行動をするとバッジがもらえる」という仕組みですね。
単発で終わるものではなく、基本的には「積み重ねていく」バッジ設計になっています。最初からある程度はバッジがもらえるのですが、使い続けるほど少しずつ育っていくようなイメージです。
そうすることで、「自分がちゃんと続けてきた」という実感や、アプリに対する所有感を感じてもらえたらいいなと思っています。
ちなみにバッジのイラストも、社内のイラストレーターと一緒に作ったんです。個人的にもかわいいなって思っています。
実際に獲得できるバッジ(一部)
惠口様:リリースしてまだ4ヶ月足らずですが、すでにバッジの残りがあとふたつのユーザーさんもいらっしゃるんですよ!
段:えっ、本当ですか!? 最後まで到達したらすごいですよ。

ーー最後に、「my Symmetry」のこれからについて教えてください。
惠口様:どんな人が、どんな歩き方をしていて、どんなゆがみを抱えているのか。データが溜まっていくことで、見えてくるものがあるはずだと思っています。
ゆがみという切り口で体を捉えることで、どんな価値を提供できるのか。まだまだ考えられることは多いですし、ここからが本当のスタートですね。(了)