創業150年以上、全国24,000の郵便局ネットワークの安心、信頼を礎として、日本全国で郵便・物流、金融、保険事業を展開する日本郵政グループ。そのDX専門子会社として、約40万人の従業員が働く同グループのDXを牽引するのが株式会社JPデジタルです。
同社は、グループ全体にデザイン・UXの重要性を伝える軸とすべく、2024年5月から「デザインシステム」構築プロジェクトをスタート。ユニバーサルサービスを提供するグループとして「誰もが利用でき、迷わず理解できるデザインシステムの構築」を目指しました。
その実現のためのパートナーとして、今回はゆめみの「デザインシステム構築・内製化サービス」を導入。デザインシステムの構築と同時並行で実プロダクトへの適用を進めるという、難易度の高い挑戦を二人三脚で推進しました。
2024年11月には、社内向けのドキュメンテーション、開発メンバー向けのFigma版デザインシステム、そして誰もが簡単にアクセスできるWeb版デザインシステムの3種をリリース。グループ全体から、大きな反響を得たといいます。
今回は、多様なステークホルダーと関わりながら試行錯誤を重ねたこのデザインシステム構築を、座談会形式で振り返ります。
株式会社JPデジタル
取締役 執行役員CIO / CISO 柴田 彰則様
UX推進部:DX部門/CoE部 大橋 瑞生様
UX推進部 マネージャー 高橋 明子様
UX推進部 リーダー 嶋田 宏樹様
株式会社ゆめみ
CDO 兼 プリンシパル・プロダクトデザイナー 野々山 正章
リードUIデザイナー 山下 沙織
左からゆめみ山下、野々山 / JPデジタル 大橋様、高橋様、柴田様、嶋田様
ーー本日はどうぞよろしくお願いいたします。まずは、JPデジタル様が本プロジェクトによって解決されたかった課題について教えていただけますでしょうか。
柴田様:JPデジタルは日本郵政グループのDX専門子会社として、「変革をリードするタグボード」となることを掲げています。巨大な組織の変革を牽引し、グループ全体を良くしていくこと、お客さまへの提供価値を徹底的に高めることをミッションとする会社です。
そのなかで「デザイン」の重要性は、以前から社内で認識されてはいました。実際に、社内外向けのシステム・サービスのデザインやUXに対して、利用者の方から「使いづらい」「古臭い」という不満の声も挙がっていました。
こうした声に応えてより良いものを提供していきたい。また、デザインシンキングや、UX向上によってもたらされる価値を従業員に広く伝えていきたい、という思いがありました。
しかし、社内にデザインやUXの考え方を広く伝えるのは、言葉だけでは難しい。デザインとは直接関係のない業務をしている方がほとんどという前提でアプローチ方法を考えたときに、デザインシステムをその軸としたいと考えました。
柴田様:このように当初から、お客さまだけではなく「全国に40万人いるグループの従業員に向けてデザインシステムを構築する」ことを強く意識していました。
デザイナーがいない環境で働いている人にもデザインの重要性が伝わり、かつ彼らの業務の生産性向上にもつながるものを提供することを、明確なターゲットに置いていましたね。
ーー実際にUX推進部のなかでは、具体的にはどのようなお話がされていたのですか。
大橋様:最初にUX推進部のチーム内で「どういうデザインシステムにしていきたいか」というWill(意思)の確認を行いました。そこで出てきたパーパスが、「あらゆる関係者が効率的に使えて、迷わず理解できるデザインシステムを提供する」です。
ユニバーサルサービスを提供している企業として、デザイナーやエンジニア以外も含めた「使う人全てにとってわかりやすい」ことは絶対に実現したかった。かつ、このデザインシステムによって作られたサービス自体もわかりやすくなること、という二軸で考えることを常に意識していました。
ーー今回は、デザインシステムができあがる前からすでに適用するプロダクトが決まっていたともお聞きしました。
柴田様: そうですね。デザインシステム構築と並行する形でプロダクトへの適用を進めることは最初から決めており、パートナー企業さんを探す際の提案依頼書にも記載していました。
というのも、デザインシステムは得てしてそれを「作ること」が目的になりがちですが、実際にプロダクトに適用したときの成果や効果をセットで共有しなければ、なかなか社内に広まっていかないと考えていました。
そこで、最初から適用するプロダクトを6〜7個決めた上でパートナーさんを探しました。結果的に、この進め方によって関係各所に無理なお願いをしてしまったこともあったのですが。
野々山:パートナーとしては苦労もありましたが、まずはメインのプロダクトから切り出してデザインシステムを作り、それを他のプロダクトに当てていく、という進め方は一番多いです。ですので、今回のプロセスも間違ってはいなかったと思います。
そもそもデザインシステムは何か具体的な「モノ」がありきですから。レゴで作りたいものがあるのに、ブロックだけを作っても意味がないのと同じで、「こういうものを作りたいから、こういうモジュールがあるべき」という関係性がとても重要です。
柴田様: すでに私たちがさまざまなアプリやサービスを展開しており、その中で社内から「UIを改善したい」という相談をいただいていた、という背景もあると思います。
ーーパートナー企業の選定にあたっては、具体的にどのような期待を持たれていましたか。
大橋様:デザインシステムは基本的な形が決まっているので、言ってしまえば誰が作ってもそれなりのものはできてしまうと思います。
ですが私たちが目指したのは、デザイン原則も含めて「ユーザー体験としてどうあるべきか」に焦点を当てて作っていくことでしたので、そこをしっかり考えていただくことを求めていました。
その点、他社さんは「こういった事例があります」「こんなデザインシステムを作ってきました」という説明がほとんどでした。その中でゆめみさんは、「どういうデザインシステムにしたいですか?」という形で、こちらの意図をすごく理解してくれようとしていました。
そこがまさにUXのアプローチだという印象を持ったのと、具体的で実現可能性のありそうな提案をしていただいたこともあり、選択肢としてはゆめみさんしかなかったですね
ーー実際にプロジェクトがスタートしてから、具体的にどんなことから進めていったのですか。
野々山: まず、「ベンチマークするデザインシステムを決めてください」という話をしました。そのなかで、どういう風になりたいか、逆にどういう風にはなりたくないか、も言語化してもらいました。
大橋様:最初にJPデジタル側で出た議論が、「楽しさやワクワク感を大事にしたい」ということ。誰もが使っていて興味を持てるような、自主的に見にいきたいと思える魅力的なものを目指そうと考えました。
私は日本郵政グループ外から来た人間なのですが、社員の方とお話していると、皆さんとても勉強熱心なのです。だからこそ、わかりやすくて楽しくて、自然にインプットできるものが理想的だなと。
逆にこれは違うよね、となったのは、言ってしまえばデザイナーの「エゴだけ」「かっこいいだけ」の自己満足のデザインシステム。また、情報量が多すぎて理解しにくいものも避けたいとなりました。既存の社内規定はとにかく文字が多いので、文字だけで説明しない情報設計を実現したいと思っていました。
ーー当初から皆さまの思いは一貫していますね。ベンチマークについてはいかがですか?
大橋様:ベンチマークとして選定した4社には、共通する点を4つ見出しました。
1つ目は「目的の明確化」。4社どれも、プロダクトの品質や生産性の向上など、誰でも使いやすいサービス提供を掲げていました。2つ目は、「関係者全員が対象」という点。デザイナーやエンジニアに限らず、関係する多様な職種の方にも利用を促進していることが共通していました。
3つ目は、「ドキュメントの充実」。Figmaだけに閉じず、Webサイトなど誰でもアクセスしやすい情報を提供していました。最後の4つ目は、「一貫性と再現性の重視」。ブランドの一貫性や統一感を保つためのデザインケースやパターンが設けられていました。
山下:ベンチマークについてお聞きしていくなかで、「届ける」という着地点に重きを置き、「デザインシステムは手段でしかない」と考えていらっしゃることに私も強く共感しました。
というのも、実は私はデザインシステム「アンチ」なんですよ(笑)。なぜなら、作っただけで満足するケースがすごい多いから。デザイナーが自分たちの思いを伝えたいだけで、受け取りたい人が誰もいないような図がすごく嫌なのです。
JPデジタルの皆さまもそういうものを作りたくないことが、お話を聞いていくなかでわかっていましたし、野々山とも「そうならないようにしたい」と話していました。
野々山:UIデザインだけなら、デザインという限られた世界で判断できるとは思います。ですが、変革を伴ったサービスデザインもスコープ内ですので、さまざまなステークホルダーを巻き込んだビジネスの世界も巻き込んで共感を生み出していかないと、良いものは作れない。
デザインシステムでさえただの手段だということは、山下が言った通りだと思います。
ーーベンチマークや「あるべき姿」を言語化した次のステップはどのようなものでしたか。
野々山:ステークホルダーマップを作るワークショップを実施しました。というのも、さまざまな適用プロダクトがある中で、プロダクトごとにデザインシステムを作ってもしょうがなくて。デザインシステムが使われるためには、どうしても、組織開発の視点が必要になるのです。
高橋様:私たちは巨大な組織であるがゆえに、1つの変更でも色々な部署が関わるので、事前に全体像とコミュニケーションルートを明らかにできて良かったです。
とはいえ、関係者が想像以上に多く情報連携には非常に苦労しましたし、動きながら徐々にステークホルダーを巻き込んでいくような感じでした。
山下: ステークホルダーマップを作ったことで、誰がどんな関係性で関わっているのかを理解できました。そしてそれ以上に、「こ、これはすごく大変なプロジェクトだ…!」ということもよくわかってきて。
もちろん、最初から頭ではわかっているつもりでしたが、改めて「これだけの人が関わるなかでモノをつくることの難しさ」を強く実感しました。でも、それはけっしてネガティブなことではなく、皆さんと大変さを共有する仲間になれた気がして嬉しさもありました。
ーーその後は、今回は実際にプロダクトにデザインシステムを適用しながら、同時進行で作っていったのですよね。
嶋田様:そうですね。最初にデザインシステムを適用したプロダクトは、従業員が給与明細などの情報を見るために利用する「社員マイページ」でした。情報設計として改善の余地がある部分の修正と、新たにデザインシステムを適用しながら使いやすさを向上させるという2点を実施しました。
リニューアル後の「社員マイページ」(イメージ図)
高橋様: 従業員が多いということもあり、もともとユーザーからは様々な声がありました。そこで今回は、ゆめみさんにお願いして、新しいデザインシステムをできる限り適用した動くプロトタイプをFigmaで作ってもらい、利用者の方々に現状の画面操作と比べてもらうユーザビリティテストを行いました。
以前は、新しいプロダクトを開発する際に従業員が事前に触る機会がない場合もあったのですが、今回はこのように事前に意見をもらえて良かったです。
嶋田様:テストに参加いただいた方のなかには「周囲の人の意見を代表して、自分がこれを言いたいんだ」といった熱意あふれる方もいて、本当にやって良かったです。
また、今回のデザインシステムは紺色をプライマリーカラーにしていたのですが、やはり郵便局の「赤」に愛着のある方がすごく多かったですね。そこから、赤をどう使っていくかの議論を進めるなど、プロダクトだけではなくデザインシステム側に反映できる声が聞けたことも大きかったと思います。
ーーこうした取り組みを経て、2024年11月にプロジェクトの第1フェーズが完了しデザインシステムがリリースされました。
大橋様:今回は第1フェーズとして、3種類の形式でリリースしました。
まず1つ目が、従来のルールブック文化に則り、社内向けドキュメンテーションとしてデザインシステムの構成を文章でまとめたもの。2つ目が、開発に携わるメンバーが活用しやすいように、詳細な情報がまとまっているFigma版のデザインシステム。
そして3つ目がWebサイト版のデザインシステムで、従業員・関係者の誰もが簡単にアクセスできるもの。ここには「デザインシステムとは」という基礎情報から、ガイドライン、デザイン要素などの情報をわかりやすくまとめました。
実はこのWebサイトは急遽作ったのですが、社内の評判がとても良かったです。
Webサイト版デザインシステム
野々山:それは嬉しいですね!当初は、従業員に向けたWebサイト版をリリースすることは予定していませんでしたよね。
大橋様:そうですね、Figma版を皆さんに見に来てもらえば良いかなと考えていました。でもリリース前に柴田さんから、「誰もがアクセスしやすくて使いやすいことを重視するなら、Web版は必須なんじゃないか」という意見が出て。
さらに嶋田さんからも、「デザインシステムのWebサイトを提供するなら、そのサイトにもデザインシステムが適用されていないと説得力がないですよね」という素晴らしい言葉もあり、その一言で、やっぱりちゃんとやるべきだと。ゆめみさんとも相談して、急遽作成したという経緯です。
山下: 本当にギリギリまで作業していたので、間に合って良かったですね。
大橋様: Webサイトとしてここまで洗練されたものが出るとは思われてなかったようで、「良いね」とすごく言われます。推進している側はすごく大変でしたが(笑)。
野々山:結果として、皆さんの予想を良い意味で裏切れて良かったです。
ーー当初から掲げていた、「誰でもアクセスできるデザインシステム」が実現したのですね。他にも、社内からの反響はいかがでしょうか。
高橋様: 「実際に使ってみたい」「うちのプロダクトにもデザインシステムを適用したい」といった要望が来るようになっているのは、すごく良いことだと思っています。「デザインシステムってどうやって使ったらいいですか」「どうやって相談したらいいですか」といった問い合わせも着実に増えています。
嶋田様: 当初はデザインシステムにあまり興味がないと言っていた方からも質問を受けることもあり、身を持って変化を感じています。着実に社内に浸透してきているのを実感できていますね。
柴田様: 直近では、新サービス「ゆうゆうポイント」のキャンペーンサイトのランディングページを皮切りに、今後は日本郵政、日本郵便のホームページなど、様々なサイトなどへデザインシステムの適用を進めているところです。
JPデジタルでは、日本郵政グループのDXを進める最初の取っ掛かりはUXである、と明確な戦略を持っています。その一環として今回の取り組みがあり、現在はグループ会社である日本郵便のシステム検討においても、ITガバナンスと同等にUXガバナンスを強化する方針が出ている状況です。
ーーグループ全体へと波及しているのですね。最後に、ゆめみとのお取り組みを振り返ってみていかがでしょうか。
大橋様: 期待を上回ってくださった点がたくさんありました。特に、振り返りの時によく出ていたのが、自分たちと同じ視点に立って考えてくださったことです。
プロダクトの先にいるベンダーさんや、社内の関係者に説明する時の資料を提案してくれたり、コミュニケーション面でも円滑な推進を手助けしてくれたりしました。また、さまざまなインプットをもらいながら一緒に進めてもらえたことで、私たちの知識も深まりました。
プロジェクトメンバーが揃っての写真撮影
大橋様:もともと日本郵政グループにはデザイナーがいなかったので、「誰かが作ったものを受け入れるしかない」という先入観があったと思います。でも、根本的には「良くしたい」という思いを皆さんすごく持っています。何とかしたいけれど、どうしたらいいかがわからないという感じだったのです。
ゆめみさんはその現状にも向き合ってくださり、さまざまな制約の中でどうすれば価値を最大化できるのかを一緒に考えてくれました。大きくて複雑な組織の中に、わかりやすさや楽しさを作っていくことが難しかったですが、結果的に今回のプロジェクトは間違いなく成功したと言えると思います。
ーー最後に嬉しいお言葉をありがとうございます。これからも、パートナーとしてともに日本郵政グループ様のDX推進をお手伝いできれば嬉しいです。(了)